2005年12月冬 ● 編集発行 ● 野尻湖フォーラム
 
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これからの野尻湖に思う

榊原英美


 私が野尻湖の国際村に来るようになり50年程になります。子供の頃は夏しか滞在することはありませんでしたが、学生になってからは四季を通して来るようになりました。東京から野尻湖に来るのが楽しみで、滞在中はゆっくりしていられ、毎回帰京する時は後ろ髪をひかれる思いです。私にとって野尻湖はとても魅力的で、第二の故郷と言えます。

近くなった野尻湖

 子供の頃は、上野駅から汽車の急行白山に乗り、何時間もかけて柏原(黒姫)まで来ていました。途中、碓氷峠はアプト式とスイッチバックで、とても時間がかかっていました。今では新幹線が通って、2時間半位で黒姫まで来られます。

 免許を取り車で来るようになると、はじめは国道18号線を走っていましたが、交通量が多いため、国道254号線を利用するようになりました。なるべく信号が点滅になる夜に走るようにし、昼に走る場合は弟が作った裏道の地図を駆使して野尻湖に来ていました。今では高速道路ができたことにより、往復の時間が短縮され、週末や連休のたびに来られるようになりました。

野尻区の昔と今

船着き場 私が子供の頃には車がなかったため、野尻区(野尻村)に用事がある時には、バスに乗って行きました。当時は国際村の湖畔沿いをバスが通っており、どこでも手を上げるとバスに乗る事ができました。そのバスで野尻区まで行き、そこでアイスクリームやお蕎麦を食べ、帰りはぽんぽん船で国際村まで帰ってきました。その頃は船着場もその周辺も今より活気があったように思います。夏の花火大会の日に行われるフリーマーケットに参加するようになり、観光客の減少が目に見えて感じられるようになりました。

 国際村の中に以前は、明治屋、坂本屋、農協、サマーストアー、平塚さん、山口屋さんなどがあって、御用聞きの人が回っていた時もありましたが、少しずつ閉店して、昨年まであった平塚さん、サマーストアーもなくなってしまいました。ですから国際村から歩いていける店では、野尻区が一番近いのです。ちょっと買い忘れたりした時、もう少し品揃えがいいと野尻区で済ます事ができます。

バス釣りに思う

 まだ朝、目が覚めて間もなく、モーターボートのエンジンの音に驚かされます。静かな所で休養しようと思って来ている人にとっては、とても耳障りな音に感じられます。

 バスは釣ったら持ち帰らずに逃がすということで、ルールに従っていると思いますが、国際村には風の向きの関係で、たくさんのバスの死骸が打ち上げられています。死んだバスの処理やルアーや針が桟橋にひっかかっている処理などは、釣りをしていない人々がしなくてはなりません。ただ、何といってもバス釣りは大きな集客力を持っているため、これをなくすわけにはいかないと思います。釣り客にも最低限のマナーは守ってもらい、船を貸し出す時など、釣りのルール等を徹底して伝えてほしいと思います。

野尻湖のこれから

 今まで観光地として成り立ってきた所ですから、その観光を目玉にしつつ、自然を生かした野尻湖になってほしいと思います。

 野尻湖を歩いて一周すると、車で通っているとわからないようなことに改めて気づかされました。砂間ヶ崎から象の小道につながる山道を昨年整備されたようですが、今年行ってみると、はじめの数メートルに道があるだけで、その先は道が消えていて、崖を這い上がるようにして登りました。人間の手によって整備しても、たった一年で道を消してしまうという自然の力を感じました。野尻区から湖畔に沿って遊歩道が整備され、象の小道へと続いていくようになれば、距離も長くなり、ハイキング客も増えるのではないかと思います。

 私としては、静かな野尻を希望しますが、色々の目的で来ている人があるので、それぞれの人が充実した時間を過ごせるところであることが望まれます。

 

*プロフィール*
東京在住。時間があれば国際村に来ている。

 

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