2005年12月冬 ● 編集発行 ● 野尻湖フォーラム
 
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編集後記

 


 野尻湖が本当に華やいでいたのはいつのことでしょうか。単に人が多いというだけではなく、町に活気があったのは。

 野尻が悪くなったのは、大型遊覧船の桟橋条例違反以来だという人がいます。決まりごとを守らなくても良いという風潮ができてしまったせいだと。無許可桟橋は依然減らず、その他違法行為も後をたちません。以前ある人が「野尻湖は金のなる木だが、このままでは枯れてしまう」と言っていたのを思い出します。

 「国際村に子供のころ(40年程前)滞在したことがあり、その時の思い出が忘れられない、またぜひ行きたい」というEメールがアメリカから届きました。国際村ではそんな2世、3世の人が年間に何組かあると聞きました。その人たちの目には今の野尻湖はどう映るのでしょうか。規則を重んじる国際村の中に居てさえ、野尻の町を見ないわけにはいきません。野尻湖の良いところが他所の人たちにしかわからないのでは悲しいですね。(S)

 

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題字:前田道雄
本文中の明記なき挿絵等は編集部による。