2006年4月春 ● 編集発行 ● 野尻湖フォーラム
 
トップページの検索機能を強化しました。キーワードで、掲載されているバックナンバーの記事すべてを検索できます。
遊びの転換期を迎えて

吉原宜克(サンデープラニング)


 日本のアウトドアスクールの草分けとして「サンデープラニング」が野尻湖で活動を始めたのが1975年の春で、31年が経った。

 代表の吉原宜克さんは、カヌー、スキーの両方ができる場所を日本中回って探し歩き、屈斜路湖、田沢湖、猪苗代湖、琵琶湖、野尻湖の候補の中から最終的に首都圏からも比較的近く、最寄に良い川(犀川)もある野尻湖を選んだ。当時の湖は水草が生い茂り、小動物もたくさんいて、豊かな良い湖だと感じたそうだ。当初は湖畔の宮川旅館を間借りして夏のシーズンだけ営業し、冬場は出張スキー講師、春と秋は武者修行という生活だった。1982年に現在の場所にオフィス兼ロッジをオープンさせ、四季を通して本格的に営業を始めた。

 サンデープラニングの誕生当時は、遊ぶことの意味が真剣に問われ始めたころで、レジャーが質、量ともに大きく変わりつつある時期だった。そして野尻湖もこれから観光で盛り上がろうとしている時期で、経済波及効果があるとして、新参のスクールも快く受け入れられた。

 しかし活気があったのも14,5年前ころまでで、バブルの崩壊とともにだんだんと下火になってきた。昔は休暇というと2泊3日で遊びに出かけるのが多かったが、交通の便が良くなったためか、最近はほとんどが1泊だそうだ。そして、遊びの質も転換期を迎えているように感じると言う。

サンデープラニング

 サンデープラニングの客層は20代が一番多く、次が30代、そして50代だそうだ。今の20代は「ちょっとだけ体験する」という遊びから「しっかり遊ぶ」というふうに変わってきていると感じている。

 野尻湖の宿泊業者で、お客の減少でやっていけなくなったところが何軒も出てきている。吉原さんは、宿は観光客をただ泊めるというものから、遊ばせる施設、文化施設にしていったほうが良いのではないかと考えている。客室を体験教室として使うのだ。宿独自、または地元でプログラムを組み、講師や自然の魅力で人を呼ぶ。文化的面で人の集まる場とするというアイデアだ。吉原さんもメンバーとして参加した野尻湖検討委員会ですばらしい答申書が出せたが、まったくといってよいほど実行されていない。答申書の25パーセントくらいでもやれれば魅力ある湖になれるはずだと思っている。

 これまで数年、野尻地区の仕事や観光盛り返しのためにさまざまな役をやってきたが、もう、少し充電したいと言う。これからしばらくは日本第1号のアウトドアスクールの誇りにかけて、総まとめにかかりたいのだと。

(まとめ 編集部)

文頭へ前へ次へ

nojiriko.com / contact us

*弁天島の話
*野尻湖雑感
*父の見た湖、父を見た湖
*遊びの転換期を迎えて
*環境と野尻湖
*編集後記

*フォーラムトップページ
*御意見・御感想・参加申込
*原稿等のファイル送付


 
題字:前田道雄
本文中の明記なき挿絵等は編集部による。