2007年12月冬 ● 編集発行 ● 野尻湖フォーラム 
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「しとやかな恋人」続編

柴田優子


 2007年7月20日。武前千年様の原稿を見せていただいたので、野尻の家から程近い武前さんのお店をお訪ねしてみました。私の突然の訪問に少々途惑われたようでしたが、「野尻湖フォーラム」に寄稿された原稿について説明したら、原稿に書かれたように、私の伯母にあたる画家、出張美千子の若いころについて話し出してくださいました。

 私の知っている伯母は、伯父と結婚してからで、しかも私が物心ついてからなので湖畔で絵を描いている女流画家というイメージはあまりなかったのですが、武前さんのお話を聞いているうちに、私の心に改めてその姿が浮かびあがってきました。実際伯母の作品のうち、国際村の湖畔沿いの道が描かれているものは、現在の風景といってもいいくらい今の景色そのものなので、それを描いている伯母の姿が、想像できるようになりました。

 湖畔沿いの国際村の19番に伯母がいたのは疎開のためであったようですが、そのころの伯母の様子が、伯父が自費出版した自分史の本に書かれているのを、改めて読み直してみました。

「そのころの美千子は、日展の特別賞をとり、一水会の会員に推薦され、新聞雑誌等でも前途有望な絵描きとして展望されていた」

とありました。当時人気の児童雑誌『赤とんぼ』の創刊号から最後まで31回表紙を描いたということで、何年か前に横浜の神奈川近代文学館の「子供の本の世界展」で展示され、それを伯父の勧めで見にいったことがありました。でも私にとっては、伯父の家に行った時に、おいしい外国風の食べ物を作ってもてなしてくれたやさしい伯母という記憶が大部分をしめるのです。今回武前さんにお会いして、私の生まれる前、若い女流画家として、野尻の方々も関心を持っていて下さったということが改めて実感されました。昭和24年7月に伯父と結婚してからは、画家として大成することもなかったようです。カナダのオタワ、ロンドンと伯父の勤務のために外国暮らしが長く、その地で描いた作品も私の家にいくつか飾っています。若い時期のひとときを華やかな画家として過ごした伯母の姿がよみがえってきたのも、武前さんが、画家としての伯母の当時の姿を思い起こした文を寄せてくださったからだと、感謝しています。

 私と夫が野尻に山小屋を持って、かれこれ2年になります。四季折々の自然の移り変わりを身近に見つめて、心豊かに過ごしています。

 夫は雑草に覆われていた土地をおこして、野菜づくりを始めました。夏野菜の収穫もあり、湖との楽しい関わりだけではなく、採りたての野菜を食べるという実益も加わってきました。私は長い間続けてきた放送の仕事の延長で、いろいろな国のさまざまな分野の人との出会いの経験を積み重ねる役目をまかされる立場で、充実感を覚えながら暮らしています。その一方で、野尻に思う存分滞在できないのですが、野尻の小屋に来たときに覚える心の昂ぶりは、いつも変わることがありません。

 武前さんの原稿を通して、古きを見つめ直し、新しき知遇を得て、私が先回の原稿で書いた野尻湖―しとやかな恋人―のもたらす人の輪の広がりに乾杯といった気持ちです。

出張美千子作品 野尻湖畔沿いの道風景 

 

 

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題字:前田道雄
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