2016年7月夏・編集発行・野尻湖フォーラム

信州に息づく鎌鍛冶と鎌問屋

千葉県立房総のむら 芝崎浩平

1.はじめに

 長野県上水内郡信濃町周辺は、江戸時代から鎌の産地として発展してきました。平成27年3月に刊行された『信州打刃物の里に残る野鍛冶の家と道具−中村家住宅及び鍛冶資料調査報告書−』では、そんな信濃町柏原で野鍛冶を営んだ中村家の歴史や建物の調査報告から、野鍛冶道具の調査報告、信濃町周辺がどのように鎌産地となったのかなど多岐にわたって報告されています。

 私が信濃町と関わるようになったのは、平成19年11月に渡辺哲也氏(現在野尻湖ナウマンゾウ博物館学芸員)が千葉工業大学で「信州打刃物の里の野鍛冶の残した鍛冶場」と題して、中村家住宅と野鍛冶道具についての発表され、それを聞いた事に始まります。

 以前から雑誌で紹介されていた中村与平さんに興味を持っていたため、訪問の希望を伝えたところ、渡辺氏の案内で当時私が勤務していた世田谷区立次大夫堀公園民家園で活動する「鍛冶の会」のメンバー数名と一緒に信濃町を訪れる機会を得ました。その時は、中村家主屋や与平さんの打った包丁や鎌などを御子息の中村稔さんに見せていただき、鍛冶を手伝った時の話などを聞く事ができました。また、鎌鍛冶である大澤勝さんと山崎利敬さんにもお話を聞く事ができ、お二人の作業場では実際に鎌を打つ作業を見せてもらい、大変参考になった事を記憶しています。

 その後、町で保管している中村与平さんの鍛冶道具を見る機会を得、錆が出ている事を危惧し防錆処理を提案したところ、翌年信州「村のかじや」友の会の研修として、錆取りと椿油の塗布の方法を世田谷まで学びにきてくださり、一緒に楽しく作業ができました。

 前置きが長くなりましたが、報告書作成にあたり中村家ほか、2軒の鎌問屋さんに話を聞く機会を得ましたので、今回は鎌鍛冶と鎌問屋の関係について記します。⟩⟩⟩

 

 


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