2018年7月夏・編集発行・野尻湖フォーラム

童話館だより(2)
「黒姫ものがたり」の歴史と舞台を訪ねて

黒姫童話館館長 北沢彰利

 そこには、「岩倉池の龍蛇高梨家の息女に掛想して不叶其仇を報ん為に水災をなせし」とあります。水害を及ぼし荒れ狂う川が竜に例えられるのは、各地に共通のことです。中野の地においても、志賀の山からかけくだる沢がたびたび氾濫して人家や田畑を呑みこみ、為す術もなく悲嘆にくれた人々が、これは人の手に負えぬ竜の仕業故にしかたがないと恨む心を畳んだことは想像できます。

 そうして、この抗えぬ自然の大きな力を一匹の暴れ竜に終わらせず、黒姫との壮大なロマンとして色づけていくのが、人の心の不思議であり物語への希求でしょうか。

 大正期にまとめられた『日本伝説叢書』(1917年)には、竜は小姓に化けて姫のもとへと通っています。姫をさらう企みを見抜かれた竜は、毒を吐き、思いが叶わぬ腹いせに四十八池の水を切り落とします。ふもとの高梨城一帯を泥水に沈め、皆殺しをはかったのですが、これを救ったのが高梨家に恩義のあった山神でした。六地獄の火を燃え立たせて待ちかまえ、かけくだる洪水をつぎつぎと沸き立たせてしまったのです。今の地獄谷温泉につながる話であるとともに、高梨家が山神にも守られるほどに地元から慕われていたこともうかがい知れます。  ⟩⟩⟩

高梨城空堀
高梨城空堀

 


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